寒い冬の夜だった。視界が悪くなるくらいの雪が降っていた。
街を歩くのは私一人だった。寒い。指の感覚がなくなっていく。とても寒い。ふと路肩に目をやると一輪の花が咲いていた。花屋を営んでいた私はすぐにその花の名前が分かった。「待雪草。」花言葉は「希望。」皮肉なものだ。こんな絶望の淵にいる私が最後に見る花が「希望」だなんて。寒さのあまり両手をズボンのポケットに入れる。何か箱状の物の感触がする。マッチ箱だ。私が幼い頃、よく母親が読み聞かせてくれていた童話を思い出す。「マッチ棒売りの少女。」同じような冬の夜、マッチが一本も売れずに凍えていた少女の話だった。彼女がマッチを擦ると、大好きだった祖母の姿が炎に浮かび上がる。それが消えないように少女はマッチを擦り続ける。やがて少女は祖母に連れられ天へと昇っていく。そんな話だった。私は目の前の花を燃やしたいという強い衝動に駆られる。箱からマッチを一本取り出して擦る。そして炎を一輪の待雪草に移す。さあ燃えろ。燃えるんだ。真っ白な雪景色の中真っ赤な炎があたりを照らす。童話の少女と同じように炎を覗き込むと、そこには桜並木が映っていた。一人で並木道を歩く男性の後ろ姿が見える。私は食い入るように彼を見つめる。ひどく見覚えのある背中だった。ふと待雪草に別の花言葉があったことを思い出す。ほとんど真反対の意味だった。ああそうか。皮肉なんかじゃなかった。これはきっとあなたからのプレゼントなんだ。あたり一面の雪が溶け、所々に緑色の芽が顔を出している。私は微笑みながら目を閉じる。